マネー資本主義2(経験談)

先日書いた、マネー資本主義の続き。

新入社員の頃、会社で英語研修を受けた。
世は、バブルの真っ盛り。
経済学が得意な先生で、「米国ではかつて土地の過大評価による過剰融資で、経済恐慌が生じた。日本でも同じ事が起こると思うがどうか」と、僕に問いかけた。
結局、それから数年後に、その通りの事が起きた訳だが、若く未熟だった僕は、「理論的にはその通りだが、日本人は土地に対する一種の信仰が有る。経済が減退するにしても、米国と同様の事は起こらないのではないか」と(新入社員時代の拙い英語で)回答した。
今から思うと、恥ずかしい限りで、進行中の好景気が一過性のものであり、悲惨な結末が迫っている事を、実感として予測できなかったのである。
こんな感じで、過去に教訓を得ている米国人の教師と、社会に出たばかりの日本人の僕の意見がかみ合わなかった。
米国の経験から日本は学べず、バブルが崩壊した。
そこまではまだ分るが、リーマンショックにおけるサブプライム問題では、米国で、また同じ事が起こった訳で、「マネー資本主義」を読んだとき、頭をよぎったのは、約25年前の、英語の授業の光景だ。
人間、つくづく過去の失敗から学べないものだと思う。

これまた思い出話になるのだが、僕が丸紅出資のコンサルティング会社で社長をしていた時(2007年)、出資をしていた金融物流部門の全体会議が有った。
朝の9時前から夕方6時までの長い会議であったが、その時、「持分利益を金で買え」という趣旨の発言が相次いだので驚いた事が有る。
地道に努力しても利益の拡大には限界があるので、マイナー出資で事業参画して持分利益を取り込み、利益を増加させようという趣旨だが、ノウハウがない事業にマイナーで参入しても、出資先のコントロールは不可能だし、のれん代の償却が不要と言っても、毎年減損テストがあり、永遠に投資差額の調整を先延ばしできる訳ではない。
こんな事を許したら会社のためにならない、と思ったが、その数か月後に、部門でサブプライムの損失が発生した事も有り、翌年には部門長は交代し、方針転換がはかられた。
会議の席上、大きな違和感を感じた部門の責任者の方針が、会社に否定された訳であり、会社の良識が確認でき安心した。

ともあれ、この様に、人間は過去の失敗から学ぶのは難しい。
そして、厳しい利益目標を与えられると、安易な方に流れがちになる。
稼ぎたい、偉くなりたいというのは、人間の自然な欲求で、これを排除する必要はないのだが、自分の行為に対する責任感は、何時も持ち続けなくてはいけないと思う。
当事者意識の無さが、一番怖い。

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